東京の学生と質屋の利用の今昔

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両親は裕福な家の出ではありましたが、東京で大学生をしていた昭和30年40年代、みんな常におなかをすかせていたものだったとよくききました。

田舎から仕送りがくればみんなでご飯を作りあったり、教科書を質にいれて月末をしのいだりと、貧乏ではあるけれど、楽しい学生時代だったということです。

平成になり、私自身が東京都内で学生生活をしましたが、質屋にモノをもっていく友達というのはほとんどいませんでした。

時代がかわったと思っていましたし、両親の話や小説で読むほどには質屋は身近なものではなくなっていると感じていました。

しかし、ある日、リサイクルショップに友達といったとき、買取カウンターでたくさんの人がいるのをみて、質屋的な役割をしているところがあるのだということに気付きました。

たしかにリサイクルショップは質屋ではありません。

しかし、生活の足しにしようと家にあるモノを現金に換えるという側面は、まさに両親の話にきいた質屋そのものです。

路地裏にひっそり入り口から中が見えないようなつくりをしているイメージにばかりとらわれていましたが、私の考える質屋はまさにこのような場所のことでした。
私が考える、理想の質屋は須賀質店のような質屋です。

実際、自分でも買取に出し、両親の懐かしい学生時代を想像してみるのでした。